新潮選書 世界文学を読みほどく (新潮選書)
評価:★★★★★
小説以外の本で久しぶりに夢中で読みました(文学論なのである意味、物語的ですが)。池澤夏樹さんが京都大学の文学部で、夏休みに行った一週間の集中講義を書き起こしたものです。7日間に亘り午前と午後ひとコマずつの講義でそれぞれ1作品、計10作品(加えイントロおよび総括)が紹介されています。
小説を読むのは好きですが、これまで文学論というものに全く興味を持ってきませんでした。「大学の文学部ってそもそも何のためにあるのか?文学部の教授って一生かかって小説の何を研究することがあるのか?」と思っていた訳です。文学も解釈の仕様によって世の中を読み解く鍵になったり、言葉の奥に現実を映す豊かな世界が広がっている、というのは正直驚きです。だって小説はそもそも人が創作したものであり、確かに時代の文化風土を反映しているかもしれないけど、時代を読み解くというのは大袈裟じゃないか、なんとでも解釈できるのではないか、人の作ったものをああでもない、こうでもないと穿り返すのは時間の無駄じゃないかと思っていたので。
子どものころからそう思っていたので、国語のテストなどいつも全然ダメでした。人が小説を解釈するのに正解なんてあるのか?と疑っていたせい。
正解があるかはともかくとして、解釈によってより豊かな世界に導かれるというのはあるかもしれない、と思った最初の経験はある映画です。「Prince & Me(邦題はなぜかプリティ・プリンセス)」という若い女の子向けのラブ・コメディがあって、普通だったら1回観て「ふうん」っていうくらいの映画なのですが、ある1シーンが好きで何度も観ています。それはシェークスピアのソネットの1文を主役の2人が議論する場面です。
主人公の女の子は医者志望で超努力家である一方、文学などは全く苦手で、(何故か)必修のシェークスピアの授業に苦労しています。シェークスピアの詩を読んでもさっぱり何が言いたいのか分からず、デンマークからの留学生(デンマークの皇太子という設定で、ある意味ハムレットと比喩を成している)に助けを求める。詩の解釈を教えてもらったヒロインは「だったらなんで最初からハッキリそう書かないの」とシェークスピアに対して腹を立てます。そこで彼が言うひとことが好き。「People rarely say what they mean. That's the interesting part」。超当たり前といえば当たり前ですが、でも確かにそうだなあと思うのです。また、朗読するシェークスピアの詩がとても美しくて、いつか読んでみたい、と観るたびに惹かれてしまいます。
(映画自体は、別に特におススメするほどではなくて、「こんなの何度も観てるんだ」と思われるのが恥ずかしいかも。演技もイマイチだし。米国Yahoo!Movies(?)では「Better than expected」と書かれていましたが。)
ともかくとして、本書では19世紀から現代までの海外著名文学書が紹介されています。全部いつか読んでみたいと思っていて先送りにしていたものばかり。パルムの僧院、カラマーゾフの兄弟、ユリシーズ、百年の孤独、など。どれも荒筋さえ知らなかったので、大まかなストーリー、何故その作品がすごいか、作者が何を考えてそれを書いたか、そこからその国(ロシアやフランスやアメリカなど)の時代のどんな空気が読み取れるか、が分かって非常に面白かった。小説の書き方というのも、語り手と登場人物との距離のとり方、小説に出てくる世界の区切り方で色々な手法があるものだということも新鮮でした(つまりこれが「文体」というものなのか!)。また、その距離感というのが作者の世界観、しいては時代の色を理解するのに効いてくる。池澤さんはそれらの作品を通し、この約170年間で人間の認識する世界観がどれ位変わってきているかと読み解くことを講義の目的とされていて、それもまた面白かった。
密度は非常に濃いですが、口述筆記形式なので大変読みやすい一冊です。これを読んで、上に挙げた4作品は読まなきゃ!と思いました。
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